主張の広場
  
            農業を考える   最終更新日 2014. 1. 2

ここでの発言は特定の相手を攻撃・中傷するものではありません。真摯な思いで主張しています。
また、イラストなどの挿し絵を挿入するとページを重くするので文章を中心に記載されています。
表題末尾の日付は、実際の記述日やお客様に出している「通信」からの転載を示しています

ご意見等はE-mail webmaster@noyufarm.jp まで

 「レッドリスト」候補になりつつあるニッポン農業 .「絶滅危惧種」ならぬ「絶滅危惧職種」
 ニッポン農業に”新世界”がやってくる..かもね .「豪華絢爛・キラキラのアベノ・ニューディール農政
 農業の「6次産業化」 ..............「農業」だけに存在する産業分別のあり方を問う
 家庭では節電、事業では節税 ...... ..個人事業主でも退職金を積み立てられる。
 水稲・深水無落水栽培 .............愛知県農業試験場の直播栽培新技術に見る
 TPP参加の有無 .................3度目の「黒船」襲来に、改革の心は覚醒するだろうか
 GAP実施は、誰のため? ...........GAP発想をもたらした本質はどこに、誰にあるのか
 GWをはずした遅植え田植えの課題 .....品質・所得の増大につながるのでしょうか
 農家戸別所得補償 ...............日本農業再生の切り札にはならない
 新規就農支援のあり方 .............新規就農希望者の真贋を見極める必要性
 農村コミュニティ崩壊前夜 ...........「集落1農場」方式の生産組織がもたらす影響
 メシのタネ .....................タネになる人、種を育てる人...
 外来害獣「アライグマ」見参! .........密かに広がるもう一つの”ウィルス”
 農家の非正規・派遣労働化 ..........経営者から農業労働者への転換
 第2次食糧危機の到来 .............最終危機か?誰も助けてはくれない
 食育−「食農教育」のあり方について ....「農」の再生に繋がる運動であってほしい
 ニッポン農業の未来はイェイェイ or イイエ? .奇跡再生への第一歩は、コレだ!
 バイオ・フューエルが、日本農業を救う? ..減反廃止−全面作付けで農業復活へ
 パソコンは、簿記記帳だけのもの ...... 電子文書を有効に活用して下さい
 「ポジティブリスト」ってなぁ〜に? .......安全・安心の確保とその代償

 下の課題はLibruary(図書館)にジャンプしてご覧下さい
 「特別栽培農産物」ってなぁ〜に? ... 食品表示ガイドライン改正で何が変わるの?
 伝統食を復権させ、豊食の時代を.....スローフードの価値観を考える
 口蹄疫も心配ですが...........狂牛病BSEもお忘れなく
 新所得安定政策をお待ちします......その金は、海外旅行にでも使おうか
 定年帰農がハヤっている.........少年時代の自分を取り戻すために
 農薬現物支給は環境保全に逆行...... 水田農業共済の現場で行われていることの不思議。
 直接所得補償は山間地をダメにする.... 執行猶予つき判決的補助金の効果は...。
 新農業基本法で農業の再生なるか..... 消えゆく農村のための処方箋でしかない
 改正JAS法のゆくえ(後編)........消費現場が落ち着くまでには数年かかる
 改正JAS法のゆくえ(前編)........ 本当に消費者のためになるのか
 11年産米品質低下の原因を考える.... 原因は「気象」ではないと思う理由
「有機認証制度」は役に立つのか.......有機表示○適マークとしての存在価値
 自国の食糧をどうするのか..........忍び寄る穀物商社−その戦略と思惑
 減反政策の矛盾と限界........... 転作作物の定義と地目の認定をどうするのか
 オレのコメがいちばんうまいんだ......外の世界を知らないコメ生産者の意識
 農業の世界に飛び込む心構え10ヶ条....新規就農者が元気に農業をするために
「他産業並」発想のない農政の現実......現状追随志向が地盤沈下をもたらしている
 「他産業並」の農業経営の出発点...... 収入面だけでは「他産業並」にはなれない
 低コストはコスト低減と同義語ではない... 経営上のコストの位置づけを考える
 「家族協定」指導は許されるか........農業分野はそれほど遅れているのか
 コメ消費拡大、コメ余り解消の決定版.....これぞ世界を包括する究極のコメ余剰解決法
 無理なくコメ産直に切り替える方法.....3年で自立経営に移行するための手法

    「絶滅危惧職種」指定間近のニッポン農業農業  2014. 1. 2

      「絶滅危惧種」という言葉は、皆さんよくご存じでしょう。現存する動植物の中で、1個体も生存しなくなる恐れのある「種」を指し、
     別名「レッドリスト」とも呼ばれています。
      日本の農業は、動植物の部類でもないし職種としての”絶滅”などあり得ないとお考えになるのは、ごくごく自然で当たり前のことと
     言えますが、今交渉が進められているTPPの妥結内容によっては、「ニッポン農業」が事実上の”絶滅”となる恐れがあるのです。
     農業の存在は、その原始を考えれば自給自足が基本です。人が生きていくためには食料が必要で、ある地域では「狩猟」を主として、
     また別の地域では「採集」を生業として種を支えてきました。農業はその延長線上にあり、人間にしかできない「栽培」を手にして、
      一つの場所に”定住”すること、農耕や牧畜で安定した収穫物を得ることで家族を持ち継続した生活をすることが可能になりました。
      「栽培」「定住」が集落を形成し、村落共同体=運命共同体の広がりをもたらしました。文明社会が発展してくると「分業化」が進み、
     貨幣経済社会が形成され農業も自給自足からその仕組みに組み込まれることになったのです。「農家経済」の始まりです。
 
      ニッポン農業の根幹は稲作=コメにあると言っても過言ではありません。稲作伝来には諸説が存在しますが、最近では縄文時代の
     中期以前とする説が有力です。その長い変遷の歴史はさておき、稲作文化が大きく変わったのは、昭和45年の減反政策の始まりでした。
      何が変わったのか。転作奨励金という名の補助金の給付が始まり”作らないこと”への報酬が制度化され、稲作農家はそれ以後今日まで
     補助金と言う名の”麻薬”を打ち続けられてきたのです。半世紀近くに渡る”麻薬漬け”を強いられてきた”患者”を、これまた強制的に
     ”禁断症状(補助金打ち切り)”にさせては、逆境に立ち向かえるわけがない。
       一方で、所得倍増だとか株式会社の農業新規参入とかをあおって、農業も他産業並みの効率や利潤追求を求める経営が必要だとか
     叫んでいる人達がいますが、夏祭りや文化祭、神社や公民館の掃除や草むしり、自警消防団、農道の整備などなど無償出役はOKでしょうか?
     誰かが亡くなれば大半の村人がお通夜に駆けつけて故人を弔う。自分達の作った野菜を無償で物々交換する。農の現場はただ単に雇用の
     場・就労の場ではないのです。住む人達がお互いに結び合い助け合って暮らす。これらをなくす様々な政策や制度は、農家→集落→地域社会へと
     負=絶滅の連鎖(消滅のスパイラル)をもたらし、やがては国全体に拡散することでしょう。


    ニッポン農業に”新世界”がやってくる...かもね   2013. 6.10

      チェコの作曲家ドボルザーク作:交響曲第9番『新世界より』は、毎年新年明けての元旦に、ボリュームをいっぱいにして聴く名曲で、
    聴けば心新たに「よし、今年も頑張るか」という気持ちになりますが、コンサート会場以外の場所でのオーケストレションでは...。
      安部総理大臣がタクトを振る”アベノミクス”の農業バージョン=「アベ農ミクス」は、長年疲弊し続け、低迷した歩みを続けている
     ニッポン農業に”所得倍増”の”新世界”をもたらすのでしょうか。安部さんは、名指揮者になれるでしょうか。

     安部首相が成長戦略の一環として、これからの10年間で農業・農村の所得を倍増させるとの方針を打ち出し、政府の「農林水産業・地域の
   活力創造本部」設置を受けて、与党・自民党でも新規就農者数の増加、6次産業市場を32年度に10兆円に拡大、食糧自給率向上(カロリー
   ベース50%、生産額ベース70%)、農産物輸出額1兆円を目指す方針とそのための具体的な対策を打ち出しました。
     夢は大きい方が良いに決まってるし、絵に描く餅も大きくて食べ買いがあり、美味しそうな餅が人の目を引くに違いないでしょう。
    すでにTPP参加となった今、これに強く反発をしている農協を初めとする農業団体の協力をどうやって得ていくのか、各地で地道に営農活動を
    している農家をどう巻き込んでいくのか。課題はつきない。ちなみに所得倍増の対象を「農家」と言ったことは一度もまだ無い。

     今日農家が農産物を販売するとき、ざっくり言えば農家の手取りはその農産物の”商品”価格の1/3で、流通業者が1/3、小売業者が1/3と
   言えるでしょう。農家の所得が倍増すると言うことは、流通業者も小売業者も所得が倍増するのか、はたまた農家の取り分が倍増し、
   流通・小売り分が減少するのでしょうか。
     世界のTOYOTAは、グループ全体で従業員数26万人、売上20兆円です。比較するのは意味のないことなのかも知れませんが、それでも
   これから先10年を掛けて2倍にするという現状を見れば、農水省の統計データ(H19年全国1戸当り平均の年間農業所得)によれば、
   水田農家約300万円弱、野菜農家350万円などとなっています。華々しく打ち上げる割には、所得倍増への道は険しく遠い道のりになることは
   間違いないでしょう。昭和の池田内閣の所得倍増計画とは、基本経済や国際化・貿易など成長のための環境があまりにも違いすぎます。
   巨大企業とは言え、1企業にも及ばない成長戦略でしょう。
   加えて、これまでの農業政策では、農家には生産の現場にとどまるよう施策がなされ、それを有効にするための補助金が湯水のように
   注ぎ込まれてきました。自らの足で立ち、考え、行動する農業経営をさせてもらえてこなかった農業者の多くは、タクトを振られても、それに応える
   ”演奏”が出来にくいことも確かです。高齢化がハイスピードで進み「笛吹けど踊らず」というよりは「タクト振っても演奏できず」の域に達しています。
   演奏を促している相手がこれまで農業を継続的にやってきた純粋な農家ではなくて、異業種や新規法人などが対象なら話は別と言えるでしょうね。


   農業の「6次産業化」   2012. 2. 3

       造語=「6次産業化」が、これからの日本農業に夢をまた見させてくれるらしい。
     昨年暮れの12月3日に、通称:六次産業化法が公布されました。
     正式には、「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律」と言います。
 
     東大の先生で政府の農業政策策定にも深く関わってこられた、今村奈良臣氏が提唱した概念で、
        「1(次産業)+2(次産業)+3(次産業)=6次産業」というコンセプトです。
      その後「1×2×3=6」に改められ、一次産業抜きには成立しない概念としました。
      (一次産業抜きだと、0×2×3=0になってしまうというのがその理由)。
    つまり、六次産業は、農畜産物、水産物の生産だけでなく、食品加工(第二次産業)、流通、販売(第三次産業)にも農業者が
    主体的かつ総合的に関わることによって、加工賃や流通マージンなどの今まで第二次・第三次産業の事業者が得ていた付加価値を、
    農業者自身が得ることによって農業を活性化させようというものである。(出典:ウィキペディア)

      しかしながら、よく見ると、0×2×3=0もアリだけど、2×3=6もアリで、今までも、1が無くても製造業とサービス業は成り立っている
    わけで、ことさら農業の領域にだけ六次などという特別な次元の産業が存在するわけでもありません。
    農業をただ生産だけをする産業ではなくて、様々な形態で社会により広く深く関わるという視点では、農業者に気づかせる意味からも
    今まで聞いたこともない言葉=6次産業化を唱えるのは悪いことではありませんが、農業だけになにか特別な領域が存在するかのような
    印象を与え、少なからず強制的にその具現化を推し進めるのであれば、それは今の農業の現状を直視しないままに、結果として
    失策となる可能性を予想させることにもなりかねません。
    これまで農政が長年唱いいつづけてきた”他産業並みの所得”も完遂していないのに、その上の六次など望むべくもないのが実情でしょう。
    「絵に描いた餅」政策より、地道な政策が必要です。

   ちなみに
     三菱総合研究所が示す「6次産業化を推進する人物像-10か条」によると、
      1.起業家精神を保持し、従来の農林漁業の枠組みを超えた発想を展開している
      2.業界・経営・業務に関する必要な知識を保有している
      3.地域特性と地域資源を熟知し、それらの再評価に取り組んでいる
      4.生産物の強みを引き出すために、一次産業界ならではの知識を駆使している
      5.事業を客観的に分析するための道具を使いこなせる
      6.論理的思考により課題設定と問題解決ができる
      7.必要な情報、物資、人材、技術、資金を調達する術(すべ)を持っている
      8.異業種の人々とのコミュニケーションを通じて、人心を掌握し、利害関係者との信頼関係を築くことができる)
      9.生活圏外に出て情報収集し、外部の視点を柔軟に取り込んで発想転換できる
     10.異業種間ネットワークを通じて、創造的破壊活動を推進できる
 
    だそうです。これって、農業とかいう話ではなく、通常のビジネスを成功裏に行うための心構えやマネジメント・ツール&パワーじゃないでしょうか。


    家庭では節電、事業では節税   2011. 6.22

      これから書くことは、”企業秘密”でも”オリジナルの”アイデア”でもありません。

     農業を行っている事業形態には、農事組合法人や株式会社、有限会社など様々ですが、もちろん個人事業として農業を
    行っている事業形態もあまたあります。法人形態では、一定の福利厚生が認められていますし、法定規則も整っていますが、
    個人事業体では、なかなかその部分が充実していません。
      ただ、農業複式簿記を行い 青色申告を行っている場合には事業主自身や時には共同経営者(資本提供者)と認められれば、
    その人にも事業主と同様に「退職金」積み立てが可能ですし、法人に認められている「貸し倒れ引当金」に相当する倒産防止共済制度に
    加入することも可能です。取引先の倒産などによる連鎖倒産などを防止する制度です。
      (説明不足はご容赦下さい)

     退職金積み立て、倒産防止共済加入は、独立行政法人「中小企業基盤整備機構」で取り扱っています。積み立てる退職金も共済掛け金も、
   確定申告の際の所得控除の対象となります。積み立て年額や共済掛け金月額などは、当該機構にお問い合わせ下さい。
   確定申告の時期が近づくと、農業簿記講習などが開かれますが、上記の制度について講習開催者から必要な情報を提供されることは希です。

    このページを閲覧して、講習会で追加説明することは農業経営の総括的利益につながるため、是非ともお願いしたいところですが、
    ”清水のHPで見た”と付け加えられることは、この記述の意図するところではありません(出所を言う言わないは自由判断です)。
    最終的には、繰り返しになりますが、個人農業者の適正な利益に繋がるのならと書きしたためた次第です。大いにご利用下さい。


    水稲・深水無落水栽培        2011. 6.16

     愛知県農業試験場は、このほど不耕起V溝直播栽培において、「深水無落水」技術を組み合わせた栽培方法が、
     米の品質向上と栽培期間中の省力につながることを突き止めた。
   
    ※ この”深水無落水直播”栽培技術によると、収量にマイナスをもたらす影響も見受けられず、夏の猛暑下の高気温中の登熟でも、
   秋落ちを防ぎ、乳白の発生を抑えて高い整粒歩合を確保する品質向上対策として、加えて貴重な水資源を十分に活用し、
   稲の生理に無理をかけ手間もかかる中干しも不要で、高品質米を生産する低資源消費・省力化技術として農家に提案するという。※
  
    深水栽培技術は、古くから主に東北地方で夏場に吹く「ヤマセ」による冷害を防ぐ方法として用いられていて、今では日本各地でも
   用いられている水稲栽培技術です。稲の体には”葉耳”と呼ばれる部位があり(ちょうど葉っぱの付け根のあたり)、生育ステージの
   一定期間(栄養成長期)中にこの位置まで水に浸かると、水没しないように葉を伸ばすセンサーの働きをしています。
   水深はおよそ10センチ〜15センチで、生育初期の段階で深水を実施します。葉が伸びると言うことはそれを支える根も伸びることに
   なり、初期の段階で生育後半の活力を維持する土台がしっかりできることになり、また中干しをしないことで収穫まで登熟を追い込める
   上根のボリュウーム(根群)も健全にすることになります。

    水田の一枚の大きさを土地改良事業によって大きくしたため全面に水が行き渡らないとして行われている、中干し作業のための
   機械による溝切り作業の必要性は、昔の6葉期を過ぎた分けつ苗を移植していた頃の中干し作業とは意味合いが違っているにも
   関わらず、その意味が農家に徹底していないこともあって、かえって登熟に不可欠の上根の活力をそいでいる面も多々あり、収穫期に
   稲が根こそぎコンバインの刈り取り部に上がってくるものの中には、この上根損傷による影響があると思われるものも見受けられます。

    日本人は「安全」と「水」はただで手に入ると思っている...との指摘もさることながら、その”タダ”の水を有効に使い、減った分だけ足す
   ことは、溝切り機を使って田んぼ中を歩く作業に比べたら労力は微々たるものです。炎天下での溝切り作業はつらいし、そっちのほうが
   高品質の米を生産できるなら一石二鳥とも言えるでしょう。

    田植機稲作が始まった40年以上も前に確立された稚苗移植栽培技術は、10年ほど前までは収量の増加と品質の高位維持を
  導いてきましたが、温暖化によると思われる平均気温の上昇と長年の減反政策と米価下落による農家の栽培意欲減退の昨今では、
  人がコントロールする稲作りから、稲の生命力を尊重する稲作りに転換する必要があり、深水無落水栽培方法は直播部門だけでなく、
  通常の移植栽培にも十分生かすことのできる技術だと確信しています。当農場では水漏れの少ない水田では深水も実施しつつ、
  ほとんどの水田で、20年近く無落水栽培を行ってきています。
             ※ 愛知県農業試験場の新技術の執筆部分は、商経アドバイス掲載の記事から引用しています。


    TPP参加の有無           2010.12.23

     1988年「日米牛肉・オレンジ交渉」が決着、1993年「米の部分自由化(ミニマムアクセス米受け入れ)」。
   これまで2度にわたって日本農業に押し寄せた”黒船”で、国内農業の変革・改革作業は行なわれただろうか。
   その都度、国内農業のリストラクチャリング=構造改革=には応分の対策予算が執行されてきましたが、自立と競争力を持ち得る再編と
   改革は出来てこなかった気がします。だから今回のTPPへの参加にも”絶対反対!!”...ということには、「そーだ!」と素直に手は挙げられません。
 
     たった1度の黒船襲来で、国のカタチにまで及ぶ変革の必要性に気がついた幕末の志士には及ばないとしても、2度も襲来を受けながら
   構造改革・意識改革に繋がらなかった農業者、農協、農業指導機関、そして農水省が反対の理由として、『例えばコメは現在810万トンの
   生産目標で、その生産に必要な水田面積は約162万haですが、関税撤廃により仮に500万トンが輸入されると、国内の生産目標は310万トンと
   なり必要な水田面積は、62万haに減少します。所得補償はこの62万haが対象となりますから、現在より62%も所得が減ります。これでやっていける
   農家はいないと思います』ことを挙げたとしても、資源を持たず貿易を基本とした経済立国を自称するこの国の将来には、”抵抗勢力の戯言(たわごと)”と
   しか映らないかもしれませんね。
     もっとも、TPP問題を「農業」VS「非農業」で捉えること自体が、これまで繰り返してきている【国益の損傷と消失】を生み出してきているとらえ方と
   同じだということに気づくべきです。各県単位ではじき出されている「TPPに参加した場合の被害」などは、ナンセンスです。

     ニッポンが誇る環境対策の先進技術を”合法的に”技術供与させるために作らされたニッポン狙い撃ちの京都議定書ですが、その環境技術は、
   水俣病やその他多くの公害に犠牲になってきた人や地域社会の上に築かれたものであるのに、そんな犠牲を未だ払っていないいくつかの外国に
   いとも簡単に渡す現状です。”国有財産”の流失です。
     TPPにも、そんな陰謀策略が潜んでいないかを確かめる必要があり、国際化が叫ばれて久しいニッポンとニッポンジンに、未だ持ち得ていない
   「欧米論理の思考回路」や「大陸性気質の価値観」を透視する思考力と知恵を備えて、今回の騒ぎに対処すべきではないでしょうか。
   突然に放り込まれる「課題の渦」の中で議論を始めるのではなく、どうしてその課題が出てきたのかという入り口を先に考えるべきです。

    例えば、今まさに流れる川を目の前にして向こう岸に飛び移ろうとするとき、無事向こう岸に怪我もなく着地するために考えなくちゃいけないのは、
   @飛ぶときの体調A脚力の強さB川幅C着地点までの飛距離D飛ぶ地点の状態(土質の強弱など)E着地点の状態F風力と風向きなどでしょうが、
   その中のどれかをいい加減にしたら、着地がうまくいかずに川に落ちたり、着地の際に足の骨を折ることにもなりかねません。
   短期的・短絡的・狭義的に物事を考えがちな(ある意味、そういう状況に恣意的に追い込まれているのですが)日本人の”気質”は、一方で「国際化」の
   必要性を叫んできたニッポンとは異質であることを自覚すべきで、今回のTPPを提唱した最初の4カ国は、シンガポールのようにすでに関税障壁を
   持たない国やチリ、ニュージーランドのような農産物輸出立国です。それに加わろうとするアメリカなどが一体何を国益として参加しようとしているのかを
   見極め、ニッポンがTPPの川を飛ぼうとするとき、向こう岸にはどんな利益があるのかを熟慮考察しながら、飛ばないことも選択しに入れて飛ぶ時の
   タイミングを計るべきではないでしょうか。
  
    またぞろ踊らされることのないように、また一過性の事態と捕まえることなく、事の本質を深く見据えることが求められています。


   GAP実施は、誰のため       2010.10.12 

      最近叫ばれているGAP(通称ギャップ)=農業生産工程管理=「適切な農場管理を、効率的に行う手法であると同時に、
    農場管理の良さを農産物販売に生かす手法であり、社会システムです。まじめで意欲のある農家が正しく評価される社会を創ること」だそうです。
    簡単に言えば、農産物を生産する過程で異物の混入がないよう、農薬や肥料、その他の農業資材の管理を徹底して安全な出荷を行なうための
    管理作業..と言うことのようです。
      この”リスク・マネジメント”の考え方は正当であり協調すべき内容ですが、ではなぜこのような考え方が出てきたのでしょうか。
    それは農薬に汚染された中国餃子事件が大きく影響をしているからでしょう。農産物生産の現場では、一般的に農家は農薬や肥料、資材を
    ”鍵のかかった”部屋や収納庫に保管をしていることは少ないし、使い差しの農薬を農作業小屋の片隅においていることも珍しくはありません。
    でも、日本国内の農家が、農産物の供給においてこれまでに消費者の皆さんを危険に陥れたことがあったでしょうか。食品の毒物混入事件としては、
    古くなら帝銀事件、最近では和歌山カレー事件でしょうか、でもどれも農家の仕業ではありません。
 
     私が指摘したいのは、中国餃子で日本の消費者が被害を受ける原因を作ったのは流通・小売り業界だということです。安価な労働力を使い、
   単一で大量生産を行ない利益を確保しようと中国に生産工場を建設し、農薬の毒性基準認知や使用基準を守るという概念が未熟で、農薬使用時の
   注意書きを読めない文盲率の存在、食品製造に携わりながらも勤める会社への不満や恨みを、なんの倫理観もなく短絡的な危険行動に奔る”文化”を
   持つ人たちに生産を委ねたのですから。
 
     再度申し上げますが、JAPの推進にはやぶさかではありません。気持ち的に引っかかるのは、原因を起こした人たちがそれを提唱していることです。
   前段で自分たちの冒したリスクについて省みるべきではないでしょうか。GAPの守るべき項目に「あなたは毎年健康診断を受けていますか」という内容が
   あります。「家族協定」などと行政による夫婦介入がいとも簡単に言われるように農業者蔑視・人権軽視と言わざるを得ません。
   同じ質問を、提唱する人たちに投げかけたらどんな反応をするでしょうか。農業指導機関もこぞってGAP普及に走り出していますが、それは自分たちが
   指導してきたこれまでの指導内容を自ら否定することと同じではないでしょうか。農家は反論もせず口べたでおとなしい性格の人が多いですが、
   だからといって、何を言っても許されるものではないはずです。”ものを言わない臓器”=肝臓のようにひたすら自己主張をせず(私は適用外ですが..笑)、
   日々の生活、人々の生命維持のための農作物を黙々と作り続けその供給に携わってはいますが、いわれのないネガティブな評価をされたり、
   消極的な評価を受ける存在の人々ではありません。


   GWをはずした遅植え田植えの課題    2010. 4. 5

     今年度から、県下一円で田植えを遅らせるという県の稲作指導方針が打ち出されました。またその指導に添って、
   農協は、種籾配布や苗の出荷時期を遅らせ、結果として田植えは5月の連休以降の中旬からとなりました。
   その理由は、『出穂後の米粒の成熟にとって品質に大きな影響を与える高温障害を受ける時期をはずし、高品質米を生産する』
   とのことです。
     夏場(7,8,9月)の平均気温が、ここ数年で2度程度上昇してきていることは周知の事実ですが、私の考える高温障害回避方法とは
   違っているように感じています。つまり、高温障害などで発生するいわゆる”シラタ”(収穫後の玄米が部分的に白く濁ること)は、平均気温
   の恒常的上昇にもかかわらず、田植え後に早期茎数確保とそのための施肥方法、過繁茂で発生する病害虫を農薬で防除するといった
   平均気温が上昇する前の肥培管理技術がいまも慣行的に行われていることです。一株あたりの茎数が無効分けつ(穂が出ない茎)も含め、
   40本以上になって、夏場の肥料切れや水不足になどによって疲弊する環境下で、すべての茎に十分な栄養と水分が行き渡らないことで
   発生するのが主だと言えるのではないでしょうか。
   イネの「植物生理」から診た高温障害回避とは別に、県下一斉に”遅植え”を行なうことのリスクや課題は以下のように考えられます。
     @遅植えに対応した施肥技術の普及がされていない。
       前述にように新しい肥培管理技術が求められています。特に元肥の施用量と施用方法は改良を含め啓蒙を徹底する必要があります。

     A遅植えによる水田除草剤散布適期の縮減が発生する。
        これまでは、5月のGW(ゴールデンウィーク)に田植えをほぼ終わっていましたから、水田除草剤の使用も5月の20日頃までには
       散布し終えていて、もし散布後の水漏れなどで除草剤が効かなかったとしても、追っかけて手直しをすることが可能でした。
       今回の遅植えでは、田植えが5月15〜20日前後になりますから、除草剤の散布時期は5月末〜6月初旬になります。

        この時期の地温や水田に張った水の温度はともに連休期間のそれとは上昇をしていて、平均地温は15度、水温は日差しが増して
       日中25度を超えることが多々あります。高水温による薬害のおそれがあります。また地温水温の上昇は、生えてくる雑草の
       生育の早さとも関連していて、ヒエなど殺草効果の高い3.5葉期までに達する日数が縮減されますので、除草剤散布の時期を
       見極める必要が増しました。

     B遅植えによる収穫時期の秋雨前線時期ずれ込み。
        遅植えは、連休田植えからのずれ込み期間がそのまま収穫時期のずれ込みにはなりませんが、それでも9月の10日以降に
       なることは間違いなく、それは秋雨前線が日本列島上空に停滞する時期でもあり、台風の襲来に見舞われる頻度も増すことに
       なります。例えば秋の長雨で刈り取りが遅れ、しかも大型化したコンバインの能力に農協乾燥施設の能力が追いつかず、
       籾荷受けがストップすることになり、ストップ期間にさらに雨が重なればますます品質の低下を助長することにもなります。
       一方で、最近の大型コンバインは馬力数が高く湿った稲でも刈り取りができますから、湿度の高い刈り取り籾を受け入れることに
      なり、また雨が近いとなると刈り取り適期を待たず刈り取りを行う農家や生産組織も少なくなく、総じて品質低下スパイラルに陥っていく
      ことにもなりかねません。
     
    ライスセンターやカントリーでは先行して整粒選別網目はL網となっていて、蔵前出荷の農家も今年から半強制的に導入した
    L網選別を行うことになりますので、「遅植え」と「選別網」の変更によって、 収量や収益の大幅な減少を招く恐れが大きいのです。
   県下で生産組織が増えているとはいえ、個々の農家では連休という連続した休日を利用して田植え作業の一切を終了させてきた
   現行慣習をやめ、平日に休みを取らざるを得ない遅植え作業期の設定は、負担が少なからず増えることになります。
   農家の総意も聞かず今回の決定をした指導機関や農協には重い責任がついて回ることを”回避”することは許されないでしょう。


    農家戸別所得補償      2010. 2.12
    
   1月28日に開催された「食料・農業・農村政策審議会-企画部会」で、農水省から10年後(平成32年)の日本農業の生産力の
  シュミレーションが発表されました。
   総合力で生産力25%ダウン、野菜、果樹、畜産も軒並みダウンし、コメは17%減だそうです。原因は、農業人口の高齢化や離農、
  それらに起因する作付面積の低下が起こるからだと試算しています。今叫ばれている食糧自給率(カロリーベース)42%を50%に
  引き上げる目標は、まさに”絵に描いた餅”でしかなさそうです。もとより、カロリーベースで数値を表すこと自体が”まやかし”で、
  国外から国内産畜産物生産のための食餌や農業機械に使用する化石燃料などを輸入していることを反映した「完全自給率」は、
  もはや数%(一桁数値)になっていることを公表していないわけだし...。
   現場で生産を続けている私の感覚から言っても、この試算は「当たらずも遠からず」です。これまでにも啓発してきましたが、
  人的環境の変化以上に自然環境の変化が激変していて、経営能力・栽培技術力をはるかに超えた自然災害が、農業を
  営み続けることを許してくれないでしょう。もはや誰にも止められない”アグリ・デス・シンドローム”が始まってしまっているのです。

   民主党政権が打ち出した「農家戸別補償制度」による農家人口と生産力の維持は、前述の状況に照らし合わせても、
  その効果を期待出来る状況ではありません。「費用対効果」論やこの国の文化と価値観から見れば、事業仕分け対象補助金
  であり、”自立できないから生活支援する=生活保護”と捉えられても仕方ありません。
  それではどうすればいいのか...効率化を求め続ける社会から非効率化社会への転換しかありません。それとも国内での
  農業生産を見限り、国外に”国民の生きる糧を依存するか?

   そこで提案です。かって農家が出稼ぎによって地方と農村を支えたように、外国へのデカセギを早急に始めましょう。
  当面は中国北部(旧満州)を中国から租借して、低価格高品質の農産物を生産し、日本に供給する。
  もちろんその担い手は日本の若い農業者達です。
   広大な新天地では、農業機械のみならずインフラ整備や個人消費などあらゆる生活財が特需を生み、当面は
  効率化・経済偏重社会と非効率社会の両立が可能になるでしょう。99年後には租借した土地を中国に返還することに
  なりますが、その後のことはその時に考えましょう。


    新規就農支援のあり方     2009.12.15

   昨今の不況と解雇、また雇用不安の拡大も手伝って、新規に農業に従事しようとする人が増えているようです。
  その人達が農業を始めるに当たって必要とする栽培技術や経営のノウハウを習得できるよう、各県単位で「就農
  支援センター」が開設されています。
   前述のように、最近はセンターが盛況のようで、新規就農者が増えることにも繋がるサポート体制の拡充が望まれます。
  特に他産業からの就農者なら、そのさままざまな経験から角度を変えた営農の姿が、全国各地で生まれ育つことになり、
  日本農業の発展的安定の観点からも大いに歓迎すべきでしょう。
 
   一方で、新規就農を希望する人たちの中に、農業で生計を立てていくことの難しさや厳しさに対し、その理解に十分でない
  人たちが見受けられることも確かです。行政が用意している「就農支援センター」は手厚い支援体制を組んでおり、
  就農支度金や住宅の確保、さらには現役の専業農家への派遣も常時可能な体制を作っています。、
   しかしながら、この不況下で一時避難的に就農センターの扉をたたく人や、引きこもりの解消や緩和に利用しようと、
  ”そぶり”的就農希望者も紛れ込んでいることも事実で、窓口である「就農支援センター」の”見分け”の力量が問われるところです。
   「支援センター」の中には、就農希望者一人当たり毎月15万円の支援金をサポート期間の1年に渡って支給する予算を
  組んでいる所もあるようですが、常識を越えた”支援”でしょう。本気で農業を始めるかどうかも分からない”就農希望者”に
  年間約200万円近くの支援など論外です。せめて、見極めが済んでからの支援にするべきでしょう。
   その”新規就農希望者”を支援センターから紹介され、熱心に農業技術や経営の方法をほぼ無償で教える農家には、その
  希望者が”ホンモノ”であることが必須です。ゆるい審査で”新規就農希望そぶり者”を回されたのでは、たまったものではありません。
  私も10年間にわたって毎年海外からの研修生を引き受けてきましたが、それは実に大変です。与える仕事を毎日計画し、時間の
  節目には終えたであろう仕事の良し悪しを見分し、不足な点を教育していかなくてはならず、それらに割く時間が通常の仕事に
  影響することも多々あるからです。寝食を共にすればもっと大変です。
 
   就農希望者本人にも会うこともなく、その近親者の言い分を聞いて審査を通したり、いかにもアルバイトを目的にしていると
  思われる人を、現場の農家に紹介するなどと言う事例が万が一あるとするなら、=絶対にそんなことはないことを信じていますが=、
  「新規就農支援センター」の存在は、地域農業の将来にとって無益であると言っても過言ではなく、そこに従事する職員の
  職場確保のための組織にほかならないと見るべきでしょう。
   貧血気味の農業に必要な輸血を行ってくれるような、健全で明日への光源となる就農支援センターの運営を期待しています。


   農村コミュニティ崩壊前夜 2009. 6. 6

  
 19世紀のドイツの有機化学者リービッヒが唱えた「最小養分律」、つまり、植物の生育は最も不足する栄養分に
  左右されるため、最も不足する栄養分を施さない限り他の養分を施しても植物の収量はよくならない、と論じました。
  このことをわかりやすく説明したものが、ドベネックの桶です。
    桶の板一枚一枚を各養分とし、桶の中の水の量をその作物の収量とすると,その水の量は一番低い桶の板に
  よって決まり、たとえば一枚の板のみがどれだけ長くとも、一番短い部分から水は溢れ出し、結果桶の中の水の量は
  一番短い板の高さまでとなるというものです。 思い出しましたか?化学の時間に習いましたよ〜(笑)
   最近これを象徴する出来事が起きましたね。我が国の新型インフルエンザ感染への対応がそれです。成田など空港を
  重点とした”水際作戦”に従事し、バランスを欠いた国としての対応を国会で批判した厚労省検疫官の言を待つまでもなく、
  一点に集中して力を注いだものの、ウィルスが一旦国内に入り込んだあとは、マスク争奪戦や特定地域非難合戦とも
  相まって、右往左往の状態。「国内対策」の板が短かった所以でしょう。
   
   さて、本題です。
  視点はそのままに、稲作を中心とした農村に目を向ければ、こちらも国策として、一つの集落を一つの農場と見立てて
 稲作農業を今後も維持させようとする「集落農場」が推し進められています。農家の高齢化や担い手の激減による産業衰退を
 食い止める”起死回生”の手段として、補助金をつぎ込むなどして啓蒙と指導を行っています。
   この「集落農場」の経営を、ドベネックの桶に当てはめて考えてみると、収穫量に重点を置いた栽培技術、今までの(個別)個人農家が
 農作業従事者となった時の労働力水準、高額な農業機械群の維持管理、販売を含めた収支決算・出資金などの財務管理など、
 どれをとっても、”一番低い板”でその内容が決まることになります。もちろん、その見方は私の経営にも当てはまるわけで、
 ”一番低い板”が最終的には収入を決める要因になっていることを承知しています。
   ただ、私の桶と「集落農場」の桶の違いは、集落農場の場合、補助金という名の水が漏れて減っていく水を補充することで、
 どの板が短くて水の溜まるのを妨げているのかを検証しにくい状況を生み出していることでしょう。農家の集団護衛組織ではなく、
 戦略的視点に立った経営感覚が求められます。「護送船団方式」では、これからの道が開けないことは学習済みのはずですが...。
 
  さらに、「集落農場」には看過できない課題が潜んでいます。それは、農家が農業労働者となることで、
   1.労働者として質と能力を評価される
   2.構成員の上下関係が生まれること  です。
 多彩な農業の側面からすると、稲作という一つの生産部門での評価なのですが、それにとどまるだけでなく、その評価が
 一人歩きをして、その人の集落の中での総合評価となってしまう危険性があります。
 米作り(だけではありませんが)の仕事は、その農家の個性が出て、多種多様なお米が出来ることが当たり前です。それが農業の良さです。
  もし「集落農場」のあり方を問うなら、稲作=水田をただ守ると言う姿勢ではなく、畜産、野菜、果樹、加工など可能な限りの
 部門を導入し、生産、管理、企画、販売などそれぞれにそれを得意とする人材を老若男女を問わず配置し、偏った評価の現れない、
 バランスの取れた農場を目指すべきで、言い方を変えれば、「域内自給農場」とでも名付けましょうか。自分たちが作った新鮮な卵や、レタス、
 リンゴや葡萄、桃など季節毎の果物、そして納豆や味噌..etc。余剰農産物を近場遠距離を問わず販売する。実現可能な集団農場の姿です。
  稲作維持には、3練スペクトル(修練・鍛錬・熟練)を軸にした生産機械共同利用で十分です。、ドベネックの桶で言えば、
 すべての板の高さを平準化しつつ、さらに高くするには多くの時間と熟練が必要なのです。


  メシのタネ  2009. 5. 6

    農業研修生の受け入れや現地農業後継者育成、商材開発など、長年インドネシア農業と関わってきて、
  今もかの国の社会状況など注視していますが、最近は、中国系=華僑系商店に対する大規模な暴動などは
  発生していません。経済的な不安定要素が増し日常生活が困窮してくると、都市部を中心に焼き討ちや略奪など、
  華僑系商店が狙い打ちされることが今までにも発生していますが、今は落ち着いていると言うことでしょうか。
    これは、インドネシア経済の実権を握る華僑が、景気の動向や庶民の”財布”の膨らみ具合を見ながら、
  民生品や食用油などの生活必需品の価格を上下操作し、蓄えができはじめたと思ったら、いつのまにか利益を
  吸い上げられてしまうことを庶民が知っているからだと、私は思っています。
  そんなことは、少数の権力者や利権既得者が存在するであろう一部の開発途上国での経済的社会構造に見られる
  現象だと最近まで思っていましたが、どうやらそれは思い違いだったようです。

    私たち農家にとって「種」は野菜や米の種子、牛や豚などの繁殖種として、農産物や畜産物を生産し生活を
  支えてくれる大切な生活の糧=「メシのタネ」です。普通には種子やビジネス上の資材やノウハウ、情報などのように、
  「モノ」が人々の生活を営むための「メシのタネ」としての対象ですが、先ほどの華僑とインドネシア庶民の関係を
  乱暴に表現すると、インドネシア庶民は華僑の「メシのタネ」になっていると言うことになるのでしょう。
    ある人が他の人の、表現は悪いですが「メシのタネ」になることは日常茶飯事で、悪いことばかりではありませんが、
  先ほどのインドネシアの例のように、多くの国民が一部の人たちの「メシのタネ」になることは、精神的にもどうもしっくり来ません。
  ですが、どうもそれは間違いがないように思えてきました。
   中央省庁のお役人の天下りや年金問題に象徴されるように、私たち一般国民が知るよしもなかった”事案””事象”が
  次々と明るみに出てくるのを見聞きしていると、ひょっとしたら私や多くの人たちも「メシのタネ」になっているのではないかと
  思うばかりです。もしそうであるなら、この国も民主国家ではなくて”民種”国家と言わざるを得ませんね。
  農業者の場合も、タネとしてそのままいずに、自ら芽を出し根を張り独り立ちすると、農業外輪者らには「タネ」としては
  大切にされ無くなる傾向にあるようで、タネのままでいることが肝要です。
  でも、タネって生長し親となって次世代のタネを多く養うことが使命じゃないのかな。


  外来害獣「アライグマ」見参!  2009. 2. 3

     昨年秋の収穫が始まってすぐに、農場の葡萄を食い荒らしていたアライグマを、友人に借りた
   檻で捕獲しました。被害は100房以上。その後も日を重ねて捕獲数が増え、昨年暮れの12月下旬までに、
   自宅周りで6頭、前述の1頭の合計7頭を捕獲・処分しています。
     一説には「アルプスの少女ハイジ」に出てくる、アライグマ「ラスカル」に共感し国内に相当数のアライグマが
   輸入され、それらのほとんどが、捨てられたり逃げ出したりして野生化したと言われています。全国的な広がりで
   生息しているのはそのためらしいです。
     日本には存在しなかったアライグマ。捨てたことで自然繁殖したようです。顔つきは可愛く、見た目は
   おとなしい仕草をしていますが、爪や歯は鋭く人が近づくと威嚇したりして、かなりどう猛です。
   感染すると希に死に至ることもある回虫を保有しています。
     アライグマの被害は全国に広がっていて、被害額も農家を中心に増加の一途をたどっています。
   今後は住宅密集地に”常駐”する恐れも出てきています。住宅に入り込み子供たちに害を及ぼすことがあるかも。

     ちなみに、捕獲したアライグマは、地元役場に通報して取りに来てもらい、処分免許を持った地元「猟友会」の
   人が近くの山に持っていき、”ズドン”した後埋めています。(と言っても、私は同行したことはありませんが..)
   9月から12月までの間に、ごく小さな範囲でこれだけの生息密度で生息していることにただ驚くばかりです。
   捨てたのも罪なら、被害を受けたため合法的に射殺する結果となる捕獲をするのも罪な話ですが、致し方ありません。
   在来種でも無い動植物を捨てるのは、生態系を乱す意味からも止めて欲しいものです。
     人が寝静まった深夜に家の周りをうろついていた(いる)のかと想像するだけで、ぞっとします。
   暮れには販売業者からアライグマやハクビシンを捕獲出来る檻を新たに2つ購入しました。専門家の話だと、
   5月の連休までに母親を捕まえれば、それまでに生まれた子供は育つことなく死んでしまうそうです。
   来春から常時捕獲態勢です。


  農家の非正規・派遣労働化   2009. 1.27

    農水大臣が新しくなったと思ったら、40年もの長きにわたって続けてきた”農業衰退政策”=減反を
  見直すと言い出した。折しも100年に一度あるかないかの世界的経済不況の大津波が押し寄せてこよう
  としている矢先でもある。素直に言えばいいと思いませんか。「およそ5年後、景気の回復が一定の安定を
  見せ、会社群の雇用状況に光が戻ってくるまで農業の分野で、首切りをした人たちを預かって欲しい」と。

    一方の農村=特に米単作中心地帯では、集落を一つの農場と見立てて、旧ソビエトに存在した
  コルホーズよろしく集団農場的経営体組織への衣替えを目指して、走り出しています。
  後継者不足、現役農家の高齢化、農業機械など設備投資のコストダウンなどを克服し、将来ともに
  ”持続可能な”農業・農村の構築のために...と言うのが、これを推進している人や組織の言い分です。
  後継者、高齢化など先祖代々受け継がれてきた田んぼを、今後も維持していくことを考えるとどの農家も
  頭の痛い問題であることは間違いありません。
  でも、よく耳を澄ませて聞いてみると、集団農場的組織は目指すと言ってはいますが、その主役は未来永劫
  田んぼを提供した農家ですよ..とはまだハッキリと聞いたことがない。”そりゃ、農家のみんなが田んぼを
  出し合って作った組織なんだから、俺たちが経営をしていくのは当ったり前だろうに”と思うのも当然ですよね。

   そこに「落とし穴」を感じています。
  所有している面積=田んぼの大小にかかわらず、今まで曲がりなりにも(失礼はお許し下さい)農家として、
  作付けの品種を決め、種を蒔き、苗を作り、田起こしをし、肥料を撒き、水を引き、実った穂を眺め、収穫の喜びを
  感じて食べ物を育てる喜びとしてきたはずが、集団農場になれば、決定権は役員に握られ、農家はトラクター作業者、
  田植機運転手、苗運搬者、肥料散布人、水引人などなど、各作業者つまりは農業労働者に変わることになります。
  品種選びから収穫までを一貫して行うから、田んぼや収穫したお米に愛着とありがたみを抱くのが農家の真骨頂
  なのに、分断された農作業をこなしその報酬として時間給をもらう姿は、「農家」とは言い難い姿です。

    田んぼ=農地と仕事に愛着と喜びを感じる度合いが薄れれば、何が起こるでしょうか。”正規の”農家では
  なくなり、農繁期=作業集中期にかりだされるだけの”派遣化”が起こり、農外資本=株式会社が利潤を求めて
  入りやすくなるはずです。「はずです」というより「手はず」のほうが文章にあっているかもしれません。
  農外資本の農業参入は、利益を出せば事業税の徴収が可能になります。「塵も積もれば」方式で、細かい農地を
  集団化した農場からも事業税や消費税を納めてもらうことも可能になります。

    減反で再生産意欲と所得を失わされた農家が、次に奪われるのは農地です。


  第2次食糧危機の到来   2008. 2. 2

 ●1973年〜74年、当時のソビエト連邦の穀物不作が原因で、アメリカから大量に穀物を輸入したことが
  きっかけとなって、最初の食糧危機と呼ばれる事態が発生しました。その影響は日本にも及んで、大豆の
  高騰を招きました。この時は、世界レベルでの食糧供給のバランスが一次的・局地的に崩れた現象に
  留まりましたが、近年叫ばれている「食糧危機」は発生の要因が全く異なっていて、今後の世界規模での
  食糧生産と供給に重大な影響を及ぼそうとしています。その理由は....
 ●75年の著書『だれが中国を養うのか?‐迫りくる食糧危機の時代』の中でレスター・ブラウン氏は、「中国に
  端を発する食糧危機が必ず来る」と警告していますが、中国の人口増加と経済発展による所得の増大が、
  穀物によるエネルギー摂取から肉類を主とした動物からの摂取割合を増やすことになる..と警告。
  (動物からのカロリー摂取は穀物カロリーの約7倍の穀物生産面積がエサとして必要です)
  インドの勢いも同じ懸念材料でしょう。その他にも、アメリカを中心としたバイオフューエル生産増大が世界の
  穀物供給バランスを崩す。温暖化による地球規模の気象変動の恒常化で食糧生産が不安定になるなど、
  世界規模での食糧の生産と供給は「不安定」から「不足」そして「欠乏」に向かうことが予測されます。
  我が国は..と振り返ってみれば、70年代の日本の食糧自給率は、カロリーベースでおよそ60%程度でしたが、
  現在では39%(農水省18年度概算数値)と低下の一途をたどっています。さらに、輸入される飼料や原油など
  国内農業生産に必要な資材が途絶えた場合の「完全自給率」は、私が学生の頃農水省内を歩き回るなどして
  調べた70年代の数値より下がって、今では10%台程度でしょう。自国民をそっちのけにして、他国民に食糧を
  差し出す国などあり得ないことを思えば、自給率向上のための実効性ある手だてを国を挙げて講ずることが急務です。

 ●「減反」...30年以上も続けてきたこの政策につぎ込まれた直接的間接的税金が、数兆円を超していることは
  想像に明らかです。補助金など直接費用に5000億円以上、減反を守らせるために、国・県・自治体職員が
  長年費やしてきた時間や諸経費...もう止めようよ。第二次世界大戦後、東南アジアで起こった奇跡のごとく、
  この国に「緑の革命」が訪れ、自国の食糧を自国で賄える”自立”が実現しているのは、いつの日でしょうか。


   食育−「食農教育」のあり方について   2007.12. 11

 ●3年ほど前から「食育」という新語が一般的に知られるようになってきました。
  一昨年は、大阪で内閣府主催の第一回「食育推進全国大会」が開かれ、昨年の6月には
  2回目の開催地として福井県が選ばれました。
   そもそも「食育」とは、「食農教育」を簡略化したもので、(社)農山漁村文化協会(月刊誌:
  現代農業などを発行している)が10年前くらいから提唱してきた、「農」と「食」の有機的で健全な関係を
  再認識し、食のあり方にとどまらず、そこから見えてくる農業の大切さを理解しようとする理念です。
  そのころ、新しい教育の柱を模索していた文部科学省(当時は文部省)がこの考え方を取り入れ、
  学校教育のみならず生涯教育の一環として進めてきた経緯があります。
 ●「食農教育」とは、私たちの日々の食生活に登場する食材=農産物の出処や食卓まで運ばれてくる過程、
  私たちの命の糧となる食品のあり方を考えることで、農業の現場に思いを馳せながら、農産物生産と消費の
  関係など一部始終を理解し、農作物が育っていく姿や農業や農村の存在意義を深く考え、その大切さを
  理解することによって、目の前に並ぶ食べ物を粗末にせず、それら農と食の密接的な結びつきを深く
  理解することで、結果子供達を中心に、国民の豊かな情操教育や食生活に役立てようとする理念です。
 ●政府の号令のもと、全国のほとんどの自治体や学校、地域の食関係グループが、食育に取り組んでいます。
  食のあり方やその大切さを多くの人達に理解してもらうことは望むところですし、その広がりが加速していく
  ことを否定するものではありませんが、美味しいものを作って食べるだけの一部料理講習や教室、あるいは
  イベントの中には、「食育」とまでは言い難いような事例も少なからず見受けられます。中には食育を流行語の
  ように捉え、「あそこがやるならこっちでもやらなくちゃ」とばかりに食育の意義自体より”横並び”を優先して
  イベントを開く団体もあったりします。
 ●農業に携わる者の一人から見れば、その様なあり方にいささか違和感を感じています。
  同じ時の流れの中で、食糧自給率の低下やバイオ燃料に端を発した輸入農産物の高騰と品不足の問題が
  顕著化してきていることを思えば、ただ単に食の世界だけで事を済ませて欲しくないと言う思いが募ります。
  文科省や内閣府にお株を取られた農産漁村文化協会が、前述の「食育推進全国大会」の開催事業を
  請け負っていることに鑑み、昨年の「全国農家の会」に出席した幹部職員に、『あなた達の提唱してきた
  食農教育の理念と全国で進行中の食育の方向性にはズレがあるのではないですか。原点に返り[現代農業]
  などの誌面などで、そのズレに改めて主張をすべきです。』と苦言を呈したりもしましたが、願わくば、食だけに
  とどまらず多くの人達に「身土不二」「医食同源」の観点からも、今瀕死の状態にある国内農業の現状に目を
  向けつつ、”いのちの糧”としての食が結ぶ農と人との切っても切れない関係を、老若男女を問わずじっくりと
  考えるきっかけにして欲しいと思うばかりです。


   ニッポン農業の未来はイェイェイ or イイエ?   2007.11.04

  10月中旬、NHKが日本農業の将来を問いかける特集番組をいくつか放映していました。
 「明るい農村」という番組をとっくに廃番にしたNHK自身が日本農業の危機を取り上げるのは、
 今さら..の感もないではないですが、マスメディアとして集中的に取り上げ、農業の現状を広く
 知ってもらうという点では良しとしましょう。
  老いてますます情熱的に語る福井県の中川さん(私の尊敬する農家の一人です)や、狭い山あいの
 農地で悪戦苦闘している農家の現状を思いやれないまま、自己中心的発言を繰り返す北海道農家、
 現場を歩かず数字だけで将来図を描き出していると思われる学者などなど議論百出でしたが、ああいう
 場所で積極的に発言出来る農家のほとんどが、消費者と直接向き合い自ら販売を行っているだろう..と、
 うかがわせる点で見ると、コメ農業再生への希望の道筋も見えて来るという感がしてなりません。

  私が農業を始めた25年ほど前、福井県ではコシヒカリと並んで早稲のフクヒカリという品種が盛んに
 作られていました。「この米は、大阪ではコシヒカリに化けるほど良い評価を受けている」と説明する
 農協職員の言に、「ホントかな?」と一人大阪に出向き、看板を見つけては米屋に飛び込みその真贋を
 確かめようとしたところ、米屋の主人から「あんなもん、使い物にならへんで〜」「もっとしっかりしたもん(品質)
 出してーな」などと、まるで福井県農家の代表でも言うかのように、ボロのチョンに言われました。
 生産地での一方的な情報を鵜呑みにする危険さを感じ、エンドユーザーである消費者の方々と直接向き合う
 きっかけになった出来事でした。

  『国の農業政策にまじめに従って来て、農家が幸せになったことは一度もない』
 私はこれまでの軌跡を振り返って、そう思わざるを得ないと痛感しています。戦時中に作られた「食糧管理法」を
 はじめとして、農業者を生産現場とその領域に押しとどめてきた国策としての農業政策の歴史が、結果として
 自立出来ない農家・させない農家を存在させてきたフシもあることは否めません。一方で、農協の作った
 「栽培ごよみ」に頼り、イネを観察する力を失ってきたり、春・秋の農繁期の土日にサラリーマンの息子を
 手伝わせても、収穫した米の代金はすべてオヤジの口座に入れ、息子には一銭も渡してこなかった農家、
 集落座談会が開かれるたびに農協職員に向かって米価下落の責任を強い口調で責め立てる農家、刈り旬にも
 なっていない稲を夜露のある朝早くから刈り取りを始めたり、..これでは、息子がオヤジの跡を継がないのも、
 自分の作ったお米を自分で売れないのも、売れる高品質米の確保が出来ないのも当たり前でしょう。

  『米が余る』のは、農政の貧困、少子高齢化、食の洋風化・多様化だけが原因ではないでしょう。
 利潤第一主義で米を操作してきた一部流通や小売業界の責任も免れないでしょうが、
 栽培現場での観察力やバランスの取れた情報の収集、より美味しいお米の生産と自力販売の努力を
 怠ってきた農家自身にも大きな責任があります。努力と向上を怠り「きびしい、きびしい」では、血の出る努力を
 している民間企業に笑われても致し方ありません。自然環境に包括される多面的側面も多くありますが、
 農業も経営というなら、意識、生産技術の改善が必要です。 奇跡再生の道は、そこから始まる。


   バイオ・フューエルが、日本農業を救う?  2007. 7.25

   最近、バイオフーエル(化石燃料の代替燃料)が注目を浴びていて、テレビなどのマスメディアでも
  頻繁に報道されています。特にとうもろこし等からエタノールを精製する「バイオエタノール」が、
  現在主流のようです。
   バイオエタノールは植物を原料とした燃料なので、原材料となる植物が生育する過程で二酸化炭素
  (CO2)を吸収するし、エンジンなどで燃焼されて発生するCO2はこれと相殺する形になるため、地球
 温暖化対策の切り札としても期待されています。
 ただ、エタノール使用に対応出来るエンジン生産やエタノール製造行程(製造プラント建設費など)から
 コストがかかり、総合的に比較してもガソリンに対して価格競争力がないことが課題となっています。
  また一方では、飼料作物として生産されているとうもろこしが、バイオエタノール生産に廻されることが
 多くなり、飼料作物の価格が上昇し、それらを輸入に頼っている国内の畜産農家の生産コストを
 押し上げている点も、見逃せない問題点です。

  そこで提案です!
 これまで30年以上「生産調整」などと称して行われてきた田んぼの「減反」を止め、バイオエタノール
 向けの米生産を実行するべきだと思うのです。大して売れもしない麦や大豆に補助金まで付けて、
 生産を政策誘導している「減反政策」。長年の減反政策で荒れてしまった田んぼや疲弊しきった
 稲作農家の再生産意欲を復活させるチャンスです。
 
  現在わずかでも輸入しているバイオエタノールを国産に切り替えれば、海外から日本までの輸送
 コストはゼロになるし、製造コストがガソリンより割高だとしても、すべての田んぼに稲が植えられる
 ことにより、農業機械・肥料・生産資材・雇用等の需要が大幅に増えることになり、農家の収入が増え、
 地域全体に及ぼす経済効果は絶大でしょう。
 長年の減反政策で、その生息エリアと密度を拡大させたカメムシの絶対数を押さえ込み、被害米の
 発生を大幅に減少させることにもなります。
 なによりも、農家にとっては減反=麦・大豆転作などと言う マイナス思考の生産に比べ、環境保全や
 エネルギー資源供給への貢献にまで及ぶ米作りは、 生産者として未来型社会に参加出来る喜とびと
 存在価値を自他共に認められることもなります。
 経済の活性化や繁栄は、国民=そこに住む人達の心のありようが原点でしょう。特に地方農村地域では、
 ”元気”が地域を動かすのですから。
 
 えっ?米からバイオエタノールが作れるのか..ですって? 日本酒は何から造るんでしたっけ!
 新潟県で240ヘクタールもの田んぼに多収穫品種を作付けして、バイオエタノールを製造する試みが、
 農水省の事業で始まろうとしています。


   パソコンは簿記記帳だけのもの?  2007. 1.11

   
農家、特に専業的農家では、実際の経営を数字で把握したり分析を行うためにパソコンを
  使っています。指導機関でも、農家の経営意識を高めるため、”企業的”経営感覚を養うため
  と、パソコンによる農業簿記の記帳や確定申告を奨励し、記帳事務の講習会も多く開いています。
  しかしながら、パソコンをお使いの方ならお分かりでしょうが、オンラインでの活用がなければ
  パソコンを使うことの意味合いが半減するのは間違いないでしょう。

  私は、3年前に公的機関から出される文書の取り扱いについて、福井県ホームページに
 ある「知事の部屋」→「ようこそ知事室へ」→「知事へのおたより」に、文書を出来るだけ電子化する
 ことによって事務経費の削減を提案しました。以下はその時の送付メールと知事室からの返信です。
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 2006.06.18送付(原文のまま)
  初めまして、丹生郡朝日町で農業を営む清水豊之(朝日町認定農業者)です。
  日頃より県民のために鋭意ご尽力されていますことに敬意を表します。

  さて、昨今のインターネットや電子メールの普及にはめざましいものがあり、
  民間のみならず福井県を初めとして各行政機関でも、庁内外の連絡手段として
  大いに活用されていると聞き及んでいます。
  専業農家である私の所にも日々、研修や視察などのご案内を行政機関より
  頂き、農業経営の向上・発展などに役立たせて頂いております。

  その各種通知文書の中には、プライバシー保護や押印など重要あるいは
  機密性の高い文書など、そのやり取りに慎重さを必要とする文書も
  多いのですが、いわゆる一般的な研修や各種大会のお知らせ・通知文も
  少なからず存在します。

  県及び出先機関と個人、県及び出先機関と各自治体などお付き合いの度合い
  あるいは関係の内容によって、様々な連絡手段があるでしょうが、
  機密性の低い文書の中には、電子メール(ファイル添付形式も含め)による
  連絡手段を出来るだけ活用したならば、封筒・切手・印刷手間・紙代など
  事務経費の削減に寄与する部分も多いのではないかと推察しております。

  もちろん、送付先相手にメールアドレス公開・使用(使用部署内限定)の
  事前了解を得ておくことは申し上げるまでもありませんし、送付先相手の
  メール開封の頻度(毎日見るなど)も知っておく必要があるでしょうが、
  送信側・受信側相互理解と協力が得られるなら、高い頻度でメール連絡手段
  が行われ、事務経費の節減だ出来るのではないでしょうか?

  ちなみに私の所には県の出先機関から、文書や問い合わせ内容の機密性が
  同レベルであっても、ある職員は電子メールで、ある職員は郵送でお知らせを
  頂いています。機密性の低い文書については出来る限り電子メールを使って
  お知らせ・ご連絡くださるよう、私のメールアドレスを公開してお願いして
  いるにもかかわらず..です。

  行政機関から出される各種文書の取り扱いについては、何らかの規則があるか
  どうかは私は知り得ませんので、その点ご承知置き下さいまして、ご一考
  下されば幸いです。

  乱筆乱文にて失礼いたします。


上のメールに対する返信
    2006.06.22返信(原文のまま)
  メールを読ませていただきました。貴重なご意見をありがとうございました。
  いただきましたご意見は、できるだけ県政に活かしていきたいと考えており
  ますので、今後とも、貴重なご意見をお寄せいただきますようお願いします。

                     福井県知事 西川一誠

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  この返信メールを受けて、「もう二度と知事宛にはメールなんて送らない」
 私は、そんな気持ちになりました。どんな内容のメールを送っても、具体的な事柄に
 触れないままの返信じゃ、向こうは気楽でしょうが、真剣に書いたこちら側は
 「やっぱり体質は変わらない」との思いが募るだけだもんね。
 
  先頃、とある農家が出先の農業関係指導機関に、「有機農産物の栽培基準について
 変更のあるところがあれば、メールで書いて送って欲しい。一度に聞いても覚えていられないし
 時間的にも今はないから」と問い合わせをしたところ、「メールじゃなくて電話で」との
 返事だったとか。その農家は「メールは公開しているからメールにして欲しい」とさらに
 言ったようですが、聞き入れてもらえなかったようです。

 知事室へメールを送ってから3年。何もどこも変わってないんですね。
 知事はメールを読んでいないんでしょうね。読んでいたら変わるはずでしょ?


    「ポジティブリスト」ってなぁ〜に?  2006. 6.07転記

  いったい何のこっちゃ?...初めてその名前を聞いた時の私の印象です。
   発端は、中国から輸入されたほうれん草から基準値以上の残留農薬が検出されたことで、厚生労働省が
 国民の食の安全確保の観点から、15年6月から各政府機関での審議を始め、昨年11月29日告示。半年の
 周知期間を経て先月29日にこの制度は施行されました。
 主に食品の残留農薬に対する規制制度で、これまで原則規制のない状態で規制をする(ネガティブリスト)から、
 原則規制がある状態で使用(流通)を認めるリスト(ポジティブリスト)になったことから付けられた名前のようです。
 規制の対象は、農薬、動物用医薬品、飼料添加物(飼料を原料とした添加物)などの物質、加工食品を含むすべて
 の食品です。人の健康を損なう恐れがない量として、最終消費の現場に出回るすべての食品の残留農薬などの
 基準値が、0.01ppmを越えた場合、その食品を流通させたり販売してはならない(出荷停止)と規定されています。

   「0.01ppm」...ppmは濃度を表す単位で、1ppmは100万分の1の濃度。%に換算すと0.0001%です。
 数値を感覚的に捉えるのは的確な表現ではないですが、0.01ppmを長さで表現すると100kmのうちの1ミリ。
 お金で言うと1億円のうちの1円だそうです(参考出典:「豊かな食生活」(科学技術教育協会)
 1品目の検査に必要な費用は約20万円と言われています。先日、当農場が自主的に米品種のDNAを検査して
 もらっている民間検査機関の人から、「そんなお金を払ってどこの農家が検査を依頼してきてくれるのか」
 「4千万円もする検査機器を導入しないと検査機関としての認可を継続しないと国の機関は言っている」などとグチ
 をこぼす電話をもらいました。
   自分は守っていても、隣の農家が散布した農薬が自分の野菜にかかって基準値を超し出荷停止になったら、
 因果関係をどう立証し補償交渉をするのか..など、やっかいな問題も出てくることになるでしょう。今まで50km/hの
 制限速度であった道路標識が、いきなり20km/hに書き換えられてスピード違反となるのとは意味が違いますが、
 今以上の安全が必要で、食品をはじめ、身の安全など様々な分野でのさらなる安全性の追求を思う時、そしてまた
 日々の暮らしの中で物理的・時間的・ 経済的・社会的そして人間的に対応しきれない事と向き合う時、そのことを
 全うするため私たちは、多くの課題をどう考え 対処していったら良いのでしょうか。
   結果として、健康で文化的な幸福を享受できる生活と社会が未来にあるのなら、進むべきでしょうが、安全・安心を
 訴求すればするほど、そのコストと代償もまた、私たち自身に降りかかってくることだけは、間違いないようです。

 


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