今までに滞在した国々(渡航回数・滞在期間)
背景枠がに反転していない国については書かれていません

インドネシア
17 回

タイ
6回

シンガポール
12回

ロシア(ソ連)
1回

アメリカ
1年余

カナダ
2回
 
  マレーシア
   2回
  
   台湾
  1回

スイス
1回

ルクセンブルグ
1回

フランス
1回

中華人民共和国
2回

大韓民国
8回

香港(中国)
1回
  
  
   
  
  我が祖国
    59年

                                                              2014.3.13現在
2014年 1月中旬 カナダ・イエローナイフ(オーロラ鑑賞)が海外最終渡航日です

「海外旅行お役立ち情報」ページを新設しました!

  
ここに書かれている「話」は、体験した実際の出来事を忠実に?再現したものです。ゆっくりと楽しんで下さい
1995年以前のアメリカ、カナダ、ソビエト、インドネシア旅行の話は古すぎるので、載せていません

私が使っている安心・良心の旅行代理店    

       
      2007.06.19  北京観光旅行

  
私たち夫婦と農業仲間夫婦で、旅行会社主催の海外パックツアーに参加して、
 上海以来7年ぶりの中国-北京観光旅行を楽しんできました。

 万里の長城、天安門広場、故宮博物院(紫禁城)、北京動物園、廬溝橋、明の一三陵などの
 観光地巡りの他、北京ダッグ、四川料理、飲茶などの中国料理、高級ホテル連泊などなど、
 「旅行満足度の良し悪しは、食事とホテルでほぼ決まり」を信条としている私には、
 ほぼ満足のいくサービス内容でした。
  海外に出始めてから今までパックツアーを利用したことが無い私にとって、今回の旅行のもう一つの
 ”見所”と、関心を寄せていたのはその「パックツアー」でした。 それは実に興味深く、感心するに
 十分な”サービス”でした。ここから先は、私のナナメ視線での感想と観察ですので、
 その点をご了解の上お読み下さい。

 「食事と宿泊」の満足度を提供しつつ、案内するお買い物場所の自由滞在時間は、観光地の2倍、
 どの買い物場所も周りに類似する店は一軒も無し。買い物店では、流ちょうな日本語を話す店員ばかり。
 「ここには国宝級の品々が置いてあります。」「ここは特別な部屋です」「あなただけ特別に割引します」..
 冷静に考えれば、国宝級の品々を海外からの一般旅行者に格安で売るわけがないことぐらいは分かるはず。
 海外だと気づかなくなるのでしょうか..催眠商法とよく似てる。オプションツアー代金は、通常料金の約3倍。
  私たちが利用したホテル内で足つぼマッサージ料金は78元。旅行会社斡旋のそれは別の店に連れて
 行って220元。ツアーバス車内でカタログ販売するお土産も、私たち4人だけがタクシーを拾って行った
 高級デパートで買った同等の土産品の3倍強。ガイドのアシスタントだという年端もいかない娘さんが
 撮りまくったスナップ写真は、帰路空港に向かうバスの中で小綺麗な冊子に6~8枚貼り付けられて
 「良かったら買って下さい」とニコニコ笑顔で販売。写真1枚ナント800円!

  外貨獲得のための中国国家プロジェクトなのでしょうか?高速道路が渋滞すれば、パトカーと同じ
 サイレンを鳴らし、周りの車を蹴散らしながら目的地にオン・タイムする観光バス。、
 長時間のバス移動で不満と疲れがつのり始めたツアー客に、最終日の夕食が終わるころ、
 1テーブル1個の”誕生月”ケーキを用意して、それらの心を見事にそらすのは、プロとしか言いようがない。
 ツアー料金は安く設定し、旅行者心理・購買心理を巧みに操り、日本に帰るまでに採算を合わせる
 企画力や商魂の逞しさに、ただただ脱帽です!すべてのパックツアーではもちろんないでしょうが、
 航空運賃、ホテル、宿泊日数を計算しても、安すぎるツアーにはご用心、ご用心。




     2005.12.23  ジョホールバル出入国 

  
シンガポールでの買い物予算がちょこっとオーバーしたので、その日はSMRTとバスを乗り継いで
 マレーシア・ジョホールバルにあるフツーのスーパーマーケットに出かけることにした。マレーシア側国境
 近くのデパートのいくつかをあれこれと見て回ったが、思うようなものが見つからなかったので、デパートの
 店員さんに、「〆♣▼◇みたいなものはこの辺にはないの?」って聞いたら、  「あぁ、それならここから
 車で15分ほど離れたところに大きなスーパーマーケットがあるから、そっちで探してみたら」なんて云うので、
 タクシーを拾って、出かけてみた。何とか探し出して段ボールにそれを荷造りして、タクシーでシンガポールに
 帰ることにした。
 ちょうど夕方の渋滞に重なって、もう少しで国境行きのバス乗り場に着く所まで来たら、タクシーの運ちゃんが
 私を振り返って、 「お客さん、車が流れそうにないからここで降りてくれないかな。ほら、アソコに見えるのが
 バスターミナルだから。料金は7リンギットで良いよ」と云うので、メーターを見たら6.3リンギット!指を指した
 バスターミナルまではおよそ300mほどの距離。乗っているタクシーは、3車線の真ん中レーンで動かずじまい。
 前後左右は、渋滞した車でぎっしり詰まってる。
   
  おいおい、いくら言葉がインドネシアと同じだからって、そこまで同じにすることぁないだろ!フツーなら
 6.3リンギットを6か5で良いからって云うだろうし、こんなドアも開けられないような渋滞の最中に降ろされて、
 荷物担いで居並ぶ車を横切って歩けっちゅうんかい!!と、思っていたら後ろのトランクを手元でオープンにして、
 「さ、早く!」だってさ。交渉の余地はなさそうで渋々運ちゃんの”指示”に従って、7リンギットを渡し、
 トホでバスターミナルに向かいました。

   



 
    2002.12.9  韓国農業講演渡航~夫婦でご招待~

   私は、海外ブランド品には興味がありませんが、昨年3回の韓国訪問時に、ソウル、釜山、光州で
 その関係のお店をいくつか見て回りました。もちろん数点買い物もしました。
 その経験から、少しでも質の高いニ◯モノを買うコツみたいなものをお話しします。

  通りに並ぶお店に陳列してある商品は、外見、材質、デザイン、縫製などかなり雑に出来ています。
 観光客はそれを半分に値切れば、満足してしまうのが普通で、”商談成立”となります。その間、
 商店主はその客がその程度で納得する客なのか、高くてももっと質の良いニ◯モノが欲しいのか、
 摘発当局とは無関係か..などを観察しています。目が肥えていて、アレコレ言いながら
 買おうとしない客には、離れた場所にある”隠し部屋”(地下の場合が多い)に案内して
 くれます。当局の摘発から高級ニ◯モノを守るためですが、ここには表商店にはない質の良い
 商品が、店によっては表より広いスペースに照明も鮮やかに所狭しと並んでいます。
 どっちがホントの店か分からないくらいです。
 実際、ここで買った品物を持って別の店に行ったら、店員がホンモノと間違えて「見せてくれ」って
 言われちゃった(^_^;)
  どの店もその店に対して一つの制作工場があるぐらいで、また、同じブランドでもソウルと釜山では
 その作りが大きく違っていたり、ソウルになくても釜山にはあるブランド品もあったりします。
 そこでは、2~3点をまとめ買いしてさらに値引きをしてみましょう。店を訪れる時間帯は
 夜の7~8時頃が良いでしょうね。

  ~ニ◯ブランド品を上手に買うポイントまとめ~
    1.通りに並んでいるお店にある陳列品は安くしてくれても買わない。
     2.アレコレと文句をつけながらも買いたい意欲を示す。
     3.決して自分から”隠し部屋”の話は持ち出さない。
     4.隠し部屋には一人では行かない(男性を入れて3人以上、現地人ならもっと良い)
     5.納得したらまとめ買いをして、おまけかさらに値引きをするよう交渉する。




     2002.7.16 韓国稲作農業視察2人旅行

  出発直前、金先生から光州発ソウル行きフライトのキャンセルを受け、私と70才の農家と女性通訳は、
 高速で4時間かけて次の訪問地平澤市に向かいました。車と運転手は、その平澤市から私達を迎えに
 来てくれた農業技術センターの職員と若い青年農家でした。その街に着き、食事を済ませ宿泊先へ向かっ
 たのが夜も暗くなった10時頃。辺りには赤い逆さクラゲネオンのついた建物がチラホラ...。
  アレは何ですか..と聞いたら、「ラブホテルですよ」...ヤッパリ!┌|∵|┘
  「まさか、アレに泊まるんじゃないでしょうね??」と冗談のつもりで笑って聞けば、「そうです」...

        エッ、エ~~~~ッ( ̄■ ̄;)!!....そんなぁ~!!!!

  てなわけで、70才の老人とラブホテルに泊まったその夜は、なぜか話が弾んで(人生話です)深夜2時
 まで起きていました。私達に宿泊費を出させまいと考えていたようですが、そこの農家で作っている稲作研
 究会の予算が足りなかったようです(後で聞いた話です)..処女地韓国で貴重な?体験でした(苦笑)..
 二度とあるまいて!
             (ちなみに、通訳の女性も一人で私達の隣の部屋に泊まりました)




       2000.11.16 農業視察団体旅行

   
その1
  名古屋から乗った上海行き◯△航空の機内で...。
 2時間のフライトだったが、1時間ほどして足下が冷えてきたので「あと、1時間は持たないナア~」と思い、
 通りかかった女性アテンダントに声をかけた;「ア ブランケット フォー ミー プリーズ」..その反応;
 「ハアッ」(たぶん中国語のハアッ-だと思った)。 聞こえんかったのだろうと思い、今度は丁寧に言った;
 「ウィル ユー ブリング ミー ア ピース オブ ブランケット」 その反応;再び「ハアッ-」。?????。
 通~じないんです、私の英語...。モオ-ッ!アンタさあ~、国際線のアテンダントでしょうがあ~、中国語しか
 わからんのなら名古屋へ来るなよお。------膝を手で覆うような仕草をしたら分かったらしく、
 まもなく毛布を持ってきた。もちろん笑顔など無い。申し訳なさそうな顔もしない。ナンチュウカ人民共和国だ。
  私の英語間違ってますん?これをご覧の人で正しい英語の話し方を御存知の方は教えてくださ~い。
                         教訓;声をかけず、筆談でのやりとりが日中では友好(有効)です

その2
  上海から杭州に向かい、市内にある外観ヨーロッパ調ホテル;名前は▽◇館。ここで2泊。
 一泊目の夜、一階ロビー横のレストランに3人でコーヒーを飲みに行ったんです。コーヒーを注文
 して、楽しく話し込んでました。コーヒーポットが付いてきておかわりも飲みながら........
 で、翌日もそこで同じ頃に会うことにしていたのですが、私はチョット遅れていきました。
 すでに友人たちはバカ話をしながら楽しくやっていました。席に座ってふと気が付くと昨日のポット
 が見あたらない。友人に聞くと、今日はなさそうだという。ウェイターを呼んでこう言った;
 「今日はおかわりはないの、昨日の女の子は、はじめからポットを持ってきたよ」---
 ウェイターは「イエス」と言って2杯目をみんなに注いでくれた。しばらくして、部屋に戻ろうと
 勘定を頼んた。----わっ!コーヒー一杯が昨日の2倍だ!コレ、な~に!私はムッときて言った。
 「昨日はおかわりポット付で1人19元だったのにどうして今日は40元なんだ?!」ウェイターは
 目を白黒して「2杯目は2回目のご注文ですから」と不機嫌そうに応えた。「冗談じゃないよお!
 同じコーヒーを飲んだのに昨日と今日では値段が違うってか~、昨日と同じで1人19元分しか
 払わないよ」とたたんで、金を渡し全員で席を立った。去りながら後ろを振り返るとカウンターで
 そのウェイターが上司に怒られてた。賓?のない客は今度から泊めちゃ行けんよ。ワシみたいなんを。
                                    教訓;おどおどしてるとお客につけ込まれるヨ


      2000.11.10  妻と旅行
   
  

   バンコックから国内線でチェンマイに着き、翌日ホテルまで迎えに来てくれた元農業研修生夫婦の家
  に向かった。彼らの今の生活ぶりを見せてもらうためだった。ロンケン(果物)の畑や改築された自宅、奥さん
  がやっている中学校での売店を見せてもらったりして一日を過ごした。夕方田舎の一級レストランで食事を
  とったが、つい話し込んでしまって当たりは暗くなり始めた。
   チェンマイの宿泊ホテルまでは、約1時間。
  巡り合わせが良かったのか、今日は一年に一度のライカトーン(精霊流し)のお祭りの前夜でした。途中、
  ランプーン市内でイベント会場に寄った。設けたステージの上では、若者がスタントまがいの曲芸をしていた。
  芸はさほどでもなかったが、集まっている数百人の観衆はそれなりに楽しんでいるようだった。傍らの妻が
  「ほら、空にあんなにたくさんの飛行機も飛んでいるよ~。」と言うので、言われるままに見上げるとナルホド、
  たくさんの飛行機がゆっくりと空を舞っている---ん?チョット待てよ!ざっと数えても20ほどの識別ランプが
  見えるではないか! こんな田舎でしかも近くに飛行場はないはずだが...とよくよく見ると間近に何かが
  浮かんでいるように見えてきた。隣の元研修生に聞くと:「オト-サン、あれはローソクに火をつけて飛んでいる
  んよ」と教えてくれた。物珍しさも手伝ってあとで夜店で買い求めてみた。細長い紙風船の元にローソクをくくりつけ
  簡単な気球に仕立てたものだった。10時頃、チェンマイに戻ってきたが、市内に近づくにつれ、夜空には無数の
  簡易気球が浮かんでいるではないか。風もなく上空数百メートルに浮かび流れるその様は、まるで天然のプラネ
  タリウム!!すっご~~く感激!!家に持って帰ってきたけど、日本じゃ打ち上げれば、やれ電線だの屋根の上
  だのと言われそうで、コレどうしようかなあ~?

                    教訓;間に合わないものは、おみやげとして買い求めないこと

    


      2000.6.24  男2人旅行

     

    今回の旅行は、同じ町内に住む知人のお供でした。ルクセンブルグでの所用を終えてからは、
 スイスでの自由時間。ジュネーブから国境を越えてモン・ブラン眺望、IC特急でロ-ザンヌ泊後
 チューリッヒへ。ここの市街地には、網の目のように「トラム」=路面電車が走っています。市民
 やツーリストの足としてとても便利です。ジュネーブ、ローザンヌでもそうでしたが、その電車の
 乗降口には内側にも外側にも乗客が自由に押せるボタンがついています。自分の最寄りのボタンを
 押せばそのドアが開いて乗り降りできるのです。
  とある停車駅で孫娘風の女の子がおばあちゃんらしきご婦人を見送りに来ていました。
 電車が到着しておばあちゃんが乗り込む間も2人の会話は続いていました。ドアが閉まって2人は
 さよならの手でも振るかと思いきや、その女の子は外側のボタンを押してドアを開き、さらに数秒間
 会話を続けたのです。
  日本では一度ドアが閉まると腕でも挟まれない限り再度開くことはまれです。設備に利用者を合わ
 せるのか、利用者優先で設備があるのかだけの差のように思われますが、ホンモノの「民」主主義を
 感じさせる一場面でした。

                      教訓;従うべきは設備ナリ
  


    2000.6.20  男2人旅行

   

   朝食付宿泊以外はそのホテルで食事をしないのが私の流儀。街に出てそこに住む人たちが普通に
  食事をとる食堂=レストランで朝、昼、夜を食べます。時には屋台で。この日もバスの中央ターミナル
 からチョッと東に入ったレストランで昼食をとることにしました。公園を囲んでのレストランやカフェ
 テラスが建ち並び大勢の人でごった返しでした。パラソルの下に席を取り食事をしながら2人で歓談し
 ていると隣の老婦人が声をかけてきました。「私は英語はうまく話せないのだけど、お見受けしたとこ
 ろ日本人だと思ったのですが...」私「そうです。あなたはどちらからですか」老婦人「私たちは
 ブリュッセルから」聞けば、隣国ベルギーからふらりと来たようで話し好きの婦人は新聞社秘書、相向
 かいに座っているご主人はNATO(北大西洋条約機構)事務局をそれぞれリタイヤしているという。
 近隣のフランスやドイツ人の気質や話し方の特徴をひとくさり話し、知人が向けたワインを飲み終えて
 「楽しいひとときだったと謝辞をのたまって立ち去りました。後で気がついたのですが、私たちが
 オー
ダーしたコーヒーの代金を支払ってくれていたのです。さりげない出会いにさりげない心遣い。
 ねちっこくない出会いと別れでした。

                        教訓;立つ鳥、いや紳士跡を濁さず


     1999.2.22  単独旅行
    

  スマトラ中部リアウ州の都市パカンバルから約2時間、カンパール県で我が家の研
 修生宅と営農状況を見たり、家族と一緒に近くの人工ダム湖に出かけたりした後、4
 番目のNGO活動拠点として資金を渡して事業の推進を託してきた。ここで今回の旅行
 目的は果たしたことになり、まだ訪れたことのないトバ湖をめざしてスマトラ最大の都市
 メダンに向けパカンバル空港を飛び立った。総勢15人もの見送りをうけての別れには
 感慨深いものがあり、離陸する飛行機の窓に彼らの姿を追っていました。
  離陸後しばらくしてスナックのサービスがあり、それを食べ終えてふと前を見るとアレ~
 5列ほど前の座席の上からなんか落ちているゾオ~。水だ!したたり落ちる真下の座
 席に座っている男性は気がついていない。観察していると、数分後肩の付近に異変を
 感じたのか片手で首の当たりをさすっている。その間も上の荷物ケースの間から絶え間
 なく”雨漏り”は続いている。その間隔は点滴を一番早くしたようなスピード。ようやく
 事態を把握した男性がスチュワーデスを呼んだ。そのスチュワーデスの反応がまたいい。
  どこからかティッシュを持ってきて”雨漏り”しているところにつめこんでいる。空席
 があるのにその男性に席替えもうながさない。男性も座ったまま。この国ではこれが普通
 なんだ。日本だったらあり得ない対処。今度から飛行機に乗るときは傘もってこーっと。

                                 教訓;備えあれば憂いナシ


     1999.2.19  単独旅行
    

  ジャワ島のジャカルタ、ジョグジャカルタ、スラバヤを中心に3カ所の地方都市を
 事業実施見聞(NGO)のため航空機や汽車、車を使って一周して、次の訪問地であ
 るスマトラ島に行くため、再びジャカルタに戻ってきました。国内線でパカンバルに
 飛ぶ予定でした。今回の旅行では、大阪-シンガポール往復航空券以外はすべて
 現地発券にしていました。日本で買うと、日本の旅行社が手数料を取り大幅に料金が
 跳ね上がってしまうためです。現地の知人の会社がいつも利用しているエージェントを
 使って航空券などを購入しました。
  いざチェックインのためカウンターに行くと、予約しているはずの航空便に『あなたの
 お名前が見つかりません』と言うではないか。『そんなはずはない、旅行会社からは再
 確認の必要はないと言われていた』 と切り返しましたが受け付けてくれません。
  チェックインカウンターから近いクレームオフィスでも抗議しましたがダメ。結局空席
 待ちになってしまいました。その場から電話で知人に聞いてみると、エコノミークラス
 には出来るだけ現地人を乗せ、金持ちの日本人などはわざとキャンセルして料金の高い
 ビジネスクラスに乗せ換えようとする手口なのだそうだ。
   それでもエコノミークラスは埋まらなかったらしく、『どうぞ、清水さん、席が空いてま
 すよ、チェックインしてください』と言ったスタッフの投げやりな声が知人の話を納得させる
 響きだったのを思い出していた。金がもったいないからエコノミーを予約しているんダッ

                           教訓;日本人であることはリッパなことではない

    1998.1.7  家族旅行(私、妻、子供3人)でジャワ島へ
    
その1
   ジャカルタに一泊後中部ジャワ州ポノロゴ県に旧知を訪ね、再びジャカルタ国際空
 港に戻ってきた日、その日はボゴール近くのサファリパークに行くことになっていた。
 空港で私たちを待っていてくれたのは元農業研修生とそのお兄さんでした。彼の
 お兄さんは、ジャカルタ中心部大統領官邸近くにある陸軍駐屯地に勤務しているが、
  今日は、弟に頼まれて道案内をしてくれるという。いつもと違う道だと思っていたら
  空港からでるのにも”裏口”があったのだ。専用ハイウェイを通らない別の検問所を
  通りぬけた。検問所の軍人はお兄さんの軍服姿が目にはいると直立で・・ケイレイ!
 通りぬけるまでは軍服姿でしたが、検問所が見えなくなるとすぐさまTシャツに早変わり。
 この道の方が市内には近道らしい。軍服さまさまでした。
教訓;寄らば大樹の陰

その2
    手持ちの現地通貨ルピアがわずかになっていたので、サファリパークに行く前に市内
  の両替所に立ち寄ってくれるよう頼んだ。市内中心部のタムリン通りには中央分離帯
  があって簡単にはUターンができないのだが、両替する場所が道の反対方向にあるの
  を見つけると、こともあろうにそのお兄さんは警察官5,6人が交通整理をしている目の
  前でUターン。当然ながらピピー、ピピーと呼び止められてしまった。すでに軍服は
  Tシャツに替わっているし、「シーラナイ」と思ってたらポケットから軍人手帳を出した。
   いかついた顔の警官が近寄ってくる。と、窓からその手帳を見せた瞬間、その警官が
  ”ニッ”と笑顔の表情に変わった。それだけではすまず、向こうから走ってくる車を止めて
  私たちの車を誘導してくれるではないか。「この紋所が目に入らぬか」を実感しました。
  サファリパークの帰り道、久しぶりにドリアンを食べた。一個ぜーんぶ、うまかった。


    

   日本にいれば普通の人でも、海外、特に発展途上国といわれる国々に出かけて一端
 現地の通貨に両替して街に出ると、現地の普通の人から見ればリッチマンになってしま
 う。一万円も両替すれば一週間はたらふく食える。そんなリッチマンが4ツ星ホテルに
 泊まったとしましょう。ホテル内で贅沢した翌朝、チェックアウトをする際にキャッシャー
 で精算をする。当然請求額に見合った分のお金をお札で払い、おつりをもらおうとする
  日本ではハイクラスのホテルで支払いをしてもオツリが正確に返ってきますよネ。
 むこうではどうか...。 ホテルスタッフはお金を受け取ると精算を済ませ、レシートを
 くれる。でも、オツリは返ってこない。「おつりは...」と聞きたくて相手の顔を見よう
 とする瞬間、絶妙のタイミングで「ご利用、ありがとうございました」と一礼する。
 こうなると声にしようとしていた「おつりは...」を出せなくなってしまう。相手のにこ
 やかな笑顔の後ろに「アナタ、お金持ちでしょう、細かいことは言わない、言わない」の
 BGMが流れているようだ。こっちはこっちで「ここでしつこくオツリを催促すると見せか
 けのリッチマンメッキがはげそう」な雰囲気をさけたい気持ちが先走ってしまい、つい
 造り笑顔で「サンキュー!」などとこたえてしまう。でも見せかけは見せかけ。ホテルを出
 た後、わずかなオツリがどうにも気にかかって仕方がない。あきらめがつくのはお昼を過ぎ
 た頃かナァ。
     教訓;オレは本当にリッチマンなのだと自分に言い聞かせる


     1995.3.6  個人旅行でスマトラ島へ
    
その1 
   チェンマイからシンガポール経由でジャカルタに着いた翌日、スマトラ-パカンバル
 行きのため、再びスカルノ・ハッタ空港へ。
 早朝5時にホテルを出て、ハイヤーを頼んだのがコトのつまづき・・・・・・・
 空港に行くには普通”空港専用道路”を通るため「通行料」を払うのだが、料金所では
 私が料金を支払うことにした。ハイヤーの運転手に手渡し、係員からおつりを受け取っ
 たまではよかったのだが、運転手はそのおつりを自分のポケットにねじこんでしまった。
 「ハハーン、こいつ俺が日本人だと思って甘くみたな。ヨーシそれなら・・・・・」と
 一計を考えた。案の定、空港に着くとその運転手はハイヤー料金を別に要求してきた。
 料金所で出した紙幣で十分に足りているはずなのに・・・である。私は大声で言った。
 「さっきお前は俺の金をポケットにいれただろう!余るほど取っておいてまだ足りない
 のか! ふざけるな!」・・・こういう時は日本語に限る。真剣に怒っていることが相手に
 伝わりやすいし、相手も反論のタイミングを逃してしまうものだ。
  そのハイヤー・・足元は鉄板だけ、ホテルから空港まで、スピードメータ、料金メータ
 はゼロを指したままでした。
教訓;ネシアではブルーバード、シルバーバード社が安全ヨ。
 
その2
   大声を聞きつけて近寄ってきた空港警備員をいなして、チェック・インを済ませ無事
 飛行機に乗り込んだ。パカンバルという田舎に向かうせいかほとんどが地元の人たち。
 テーブルを離れ、滑走路の端でエンジンをふかし始めた。さあー、スマトラへ・・・・
    ”アレ! 飛ばないゾオー エンジンもっとふかせよオ、どおしたんだあー”
 スチュワーデスが走ってきて「スミマセンガ、機内前方に移動してクダサイ」と座って
 いる私たち乗客に言うではないか。”なにかあったんですか”と心配そうに尋ねると
 彼女は、平然として答えた「この機のお客様のほとんどがエコノミークラスにいますの
 で、後部が重たくて離陸デキマセン」・・・「ん」・・ソンナ話、キイタコトナイゾオー
 ほぼ全員が前に移動して=無事離陸・・・・
教訓;機種フォッカー100に注意!

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     1995.3.3  団体仲間との別れの朝
    
その1
   一人チェンマイ-インドネシアに飛ぶため、団体仲間と別れる朝空港の国際線カウン
 ターで彼らの搭乗手続きと出国審査の無事通過を見届けてから、空港内別棟の国内線
 でチェンマイ行きのフライトを待つことになった。コーラなどを飲んでいたがチョット
 時間があるので、帰国便の出発ロビーにいるはずの仲間を呼び出してみることにした。
 もし通じればバンコク国際線ロビーいっぱいにそいつの名前がアナウンスされるはず
 だ。空港係官のデスクに出向き、おもむろに言った。
   「アノー 今友人と国際線で別れてきたのですが、大事な事を言い忘れました。時間
    がないのですが、彼と話ができるでしょうか。」  彼女はニッコリ微笑んで-
   「OK!その人の名前を教えて下さい。呼び出してみましょう」-
 国際線の係にでも連絡しているのか、しばらくして「どうぞ あなたの友人が電話にでま
 したよ」と言ってその電話を私に差し出した。名誉ある指名をされたY氏・・・電話の相
 手が私とは知るはずもなく「Hello, Hello, I am Y」と叫んでいるではないか。
 「俺だよ、俺。なにしてるーう 待ち時間がありすぎてサアー チョット呼び出してみた
 だけ。 どーお、名前がアナウンスされた気分は。。。」 Y氏の返事・「なーんだ お
 まえかアー おどかすなよ。俺の名前がココで呼ばれるはずがないのに、一体何が起
 こったのかと思ったよ」・・・・・ジャン、ジャン
 
                    教訓;呼ばれても、やたら返事をしないこと

その2
   バンコクからチェンマイまでは一時間、昨日はおそくまで騒いでいたので眠ってでも
 いようかなどとぼんやり窓の外を眺めていたら、「どちらから? 旅行ですか」と隣の人が
 声をかけてきた。一見キャリアウーマンふうのご婦人。私「いまから、チェンマイ近くに
 住んでいる元農業研修生に会いにいくんですヨ」「ソウナノ、ワタシハ仕事ナノ」と彼女。
 それから話がはずんだ。彼女(推定35才前後)はタイ人。シンガポールで伝統手芸品
 の店を持ち、その工場がチェンマイにあるのでいまからそこに行くという。名刺を交換した
 が、彼女の肩書きは「声楽家」・・?・・ワカラナイ。バッグの中から出して見せてくれたの
 はホバークラフトのパンフレット。「今ね、タイの警察庁に売り込んでるんだけど、うまく
 いかないのよ」「そうそう、このパンフレットだけどね、これはドイツ製の衣類乾燥機なの。
  オイ、オイ。あんたの本当の仕事は何なのヨ? 実際全部が本業なのでしょう。
 彼女の話を聞きながら思った、自分の職業にこだわりすぎると世界が狭くなるのではな
 いか-と。空港では、平成元年に農業研修生で受け入れたノン君がなつかしそうに
 手を振って出迎えてくれた。彼女とは空港で別れたが、その時の縁で、数年後彼女の
 店から私のお米のお客様全員に、タイ手芸品をお届けすることになった。

     教訓;知らないうちに自分で自分にワクをはめていないか、問いかけが大切です



      1995.3.2  15人男だけの農業視察旅行
              
その1
   その前日はカンチャナブリ県にあるクワイ川鉄橋やアユタヤ遺跡を見学していました
 がチャーターしている旅行会社のバスがオンボロで、数回もオーバーヒートを起こし、さ
 らにクーラーの適正温度を示すメーターも過熱気味。タイ人の運転手に何度となく早め
 に修理するように注意をしていたのに・・・・・
  バンコク市内で寺院見学などすませて、近くの宝石店に向かっている途中でした。
 そのオンボロバスのエアコンが突然停止! 場所は交通渋滞のまっただ中。ただでさえ
 外は30度をかるく越しているというのに。車内の温度はグングン上昇し、窓は密閉ハメ
 コミ型。渋滞のろのろ運転中でバスからも降りられない。30分間車内にカンヅメ・・・・・
 推定温度50度以上。暑いバンコクでの熱っーいひととき。タイ式バス付きサウナでした
 もー、たまんねぇーよぉ
 教訓;緊急に備えて窓の開くバスを選びましょう

その2
   熱~い一日も暮れ始め、明日は帰国というその日の夕方。お昼のサウナバスのせいで
 皆がのどの乾きを訴えていたし、サウナバスを手配した旅行会社と電話で交渉して、ビ
 ール呑み放題をゲットしていたので、レストランでの晩餐会の予定を急きょ変更してバンコ

 ク市内を流れるチャオプラヤ川の上、市内随一のホテル・シャングリラの専属豪華船での
 クルージングディナーを楽しむことにした。アノ007の映画でション・コネリーとビキニ
 の美女がたわむれるような雰囲気をただよわせるソレ風の超豪華クルーザー。
 >>>>>真昼の暑さを忘れさせるような涼風が頬をよぎる・・・・・・
 >>>>>波静かな川面に映るバンコク光の夜景・・・・・・・・・
 >>>>>ボーイがグラスにシャンパンをそそぐ・・・・・・・
 隣にいるのが野郎でなかったらナー    モー、タマンネーヨー!

               教訓;野郎といても起こることはなにもないし、スゴーク寂しい思いをする
      
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